「そうなってからでは遅い」事業承継はまさにその言葉が当てはまります。
経営者にもしものことがあったとき、打てる手はほぼないと思ってください。
後見制度?遺産分割?いずれも事業承継には不向きです。その目的が違うからです。
後見制度は本人の保護を目的に、遺産分割は相続人間の公平な分割を目的に制度設計されています。
会社の行く末を案じるなら、打てる手は打つべきです。
では、本題に入っていきますね。
「そろそろ息子に会社を任せたいが、株はまだ自分が持っていたい」
「認知症になったら代表としての仕事ができなくなるのでは…?」
「事業承継税制の適用も視野に入れたいけど、制度が複雑で心配」
こうした悩みを抱える中小企業の経営者にとって、「民事信託(家族信託)」は、新しい事業承継の選択肢として注目されています。

民事信託とは?
民事信託とは、自分の財産(株式など)を信頼できる人に託し、特定の目的のために管理・運用してもらう仕組みです。
信託契約を結ぶことで、財産の所有権は受託者に移りますが、利益(配当)や議決権の扱いは契約で柔軟に決められます。
事業承継で起こりうる問題とは?
中小企業の事業承継では、以下のようなリスクが問題になります。
1. 経営者の認知症リスク
経営者が会社の株式を保有したまま認知症になると、株式の議決権が凍結され、会社の経営判断ができなくなる恐れがあります。
取締役の選任や融資の手続きすら止まってしまい、事業継続に重大な支障が出ます。
2. 株式の分散による経営権の不安定化
遺言で株式を子どもたちに分けた場合、複数の相続人による共同保有となり、議決権の行使に時間や労力がかかります。
経営判断の迅速性が損なわれ、会社の方向性にブレが生じる可能性も。
3. 税制適用のタイミングと制度の複雑さ
事業承継税制(特例措置)は一定の条件を満たせば納税猶予などのメリットがありますが、制度が複雑で対応のタイミングを誤ると使えなくなることも。
民事信託を使えば何ができるのか?
民事信託を活用すると、以下のような柔軟な事業承継が可能になります。
● 株式の信託で経営権と財産権を分離
たとえば、次のような信託契約を結ぶことができます:
- 委託者(経営者):Aさん
- 受託者(後継者):Bさん(長男)
- 受益者(配当を受け取る人):Aさん(経営者)
→ この契約で、議決権は受託者であるBさんが行使できるようになります。
つまり、経営の実権をスムーズに後継者に移しながら、配当などの利益は元経営者が得るという設計ができます。
● 経営者が認知症になっても経営が止まらない
信託により議決権をあらかじめ後継者に移しておくことで、経営者が判断能力を失っても受託者が会社を動かすことが可能です。
成年後見制度のような煩雑な手続きも不要になります。
● 相続トラブルを防げる
信託契約では、将来の株式の帰属先(帰属権利者)も決めておけるため、遺言よりも確実性が高いとされています。
「株は後継者へ、それ以外の財産は他の兄弟へ」など、争族対策にも効果的です。
実際の活用例
【ケース1】経営者Aさん(70代)、長男に会社を承継予定
- 現在も代表取締役として現役
- 会社株式100%を保有
- 長男はすでに専務として実質的に経営している
このような場合、以下のような信託契約が可能です:
内容 | 設定例 |
---|---|
委託者 | Aさん(現経営者) |
受託者 | 長男 |
受益者 | Aさん |
信託財産 | 株式 |
信託目的 | 経営の円滑な承継と配当の確保 |
→ Aさんが認知症になっても、長男が議決権を行使できるので、経営が止まりません。
民事信託のメリットと注意点
【メリット】
- 経営権を円滑に後継者へ移行できる
- 財産権(配当)を維持したまま経営権だけ託すことができる
- 遺言よりも確実に承継を設計できる
- 成年後見制度より柔軟に対応できる
【注意点】
- 信託契約の設計は専門的で、司法書士・税理士等の関与が不可欠
- 信託後の株式評価額による税務処理にも配慮が必要
- 複雑な内容を家族間で合意できるかも重要なポイント
よくある質問(Q&A)
Q. 株式を信託したら、もう自分のものではなくなるのですか?
→ 法的には所有権が受託者に移りますが、契約で受益権を自分に残すことで、配当などの経済的利益は確保できます。
Q. 会社法上、受託者が議決権を行使できるのですか?
→ はい。信託契約で議決権の行使権者を受託者と定めれば可能です。
Q. 相続が発生したときに、信託された株式はどうなりますか?
→ 信託契約で定めた**「帰属権利者」**に移ります。遺産分割協議は不要です。
まとめ
民事信託を使った事業承継は、
「財産は託すが、利益は保持」「経営権は移すが、安心は残す」という、
経営者にとって理想的な移行手段です。
ただし、信託の設計には慎重さと専門的な知識が必要です。
事業承継は一生に一度の大切な転機です。
もし信託による承継に関心があれば、ぜひ司法書士や税理士など専門家に早めにご相談ください。