「BS放送が観たい」
それが、その方の最後のお望みでした。
身寄りのない方でした。
夫に先立たれ、お子さんもいませんでした。
ご病気で死期が近くなり、施設に入られました。
そして、すぐにこう言われました。
「先生、お願いがあります。」
私は、短い時間に、色々なことを考えました。
きっと、すごく大事なことを頼まれるのだろう。
遠方にいる誰かに、伝言を頼む?
遺言の変更?
安楽死のご希望?
どれも違いました。
「BS放送を観れるようにしてほしい。」
とおっしゃいました。
若いころ、夫と色々な外国に旅行に行った。
BS放送では、外国の風景を観ることができて、楽しかったころを思い出すから。
ということでした。
さっそく業者さんに電話し、翌日から、海外の風景や街並みを楽しめるようになりました。
その後、いつ伺っても、BS放送を観ておられました。
なんというか、1m先のテレビを観ているはずなのに、お顔は、どこか遠くを見ているような、うっとりとした表情が、忘れられません。
この方のご依頼は、
公正証書遺言
自筆証書遺言による遺贈
任意後見契約
財産管理
身元保証契約
死後事務
ご自宅売却
税理士さんとの調整
など、それぞれに大小のハードルがあり、やりがいのあるものでした。
私は、それらを乗り越えたという、自己満足がありました。
しかし、その方の最大の満足は、まったく別のところにありました。
電話1本で得られるものでした。
もっとお話しを伺えば、他にもご要望が、あったんじゃないか?
もっと、訪問すればよかった、など、今でも時々思います。
そして、もう一つ、思うことがあります。
元気なときに、好きな人と、好きなところに行き、好きなものを食べ、好きなことをする。
いつか、これらができなくなったとき、あれもやった、ここも行った、あの人と、こんなことをした。
思い出して、うっとりできるんだなぁと。
つくづく、悔いなく生きたいなと思いました。